元プロレスラーでタレントの武藤敬司さんといえば、独特のキャラクターで長い間観客を沸かせてきましたよね。2023年に東京ドームで引退試合をおこない、惜しまれつつ現役を引退しています。そんな武藤敬司さんですが、現在はイケオジという雰囲気でキンヘッドがトレードマークですが、若い頃は凄いイケメンでかなりモテモテだったそうです。
今回は、武藤敬司さんの若い頃について、調査しました。
武藤敬司の若い頃モテたって本当?
武藤敬司さんの若い頃は、かなり女性にモテていたそうです。当時、武藤敬司さんは髪の毛がふさふさで、新日本プロレスの女性客は、9割が武藤敬司さんのファンだったと言われています。バレンタインデーには、ダンボール4~5箱分のチョコレートを貰っており、故郷の山梨にある幼稚園に寄付していたとか。 新日本プロレスもこの人気にあやかり、プロレス観戦ついでに観光する3泊4日の香港ツアーを企画したこともありました。
当時は、ジョージ高野さん、高田延彦さんらとともに、「イケメン御三家」と言われていたようですね。現在では濃すぎるキャラクターで人気ですが、当時はアイドルのようなさわやかイケメンレスラーだったのです。ベビーフェイスでジャニーズ系と言われ、「タレ目が可愛い!」と絶賛されていました。バラエティ番組にも頻繁に出演し、タレントとしての地位を確立しました。
2000年にはスキンヘッドに
ジャニーズ系レスラーとして紹介されていた武藤敬司さんですが、2000年の大晦日にスキンヘッドにしてしまったのです!以前から薄毛に悩んでいたようで、髪の毛が後退していたことから、思い切ってスキンヘッドにしたようですね。そこから、武藤敬司さん=スキンヘッドのイメージが定着しました。
海外でも人気
もともと、海外修行時代、「ホワイト・ニンジャ」「スーパー・ブラック・ニンジャ」など、キワモノ扱いされていたのです。その中でも、「武藤敬司第二の人格」と題し、「グレート・ムタ」というキャラクターがウケていました。なかなかのヒールキャラで、武藤敬司さんの別人格キャラという設定も、ファンにハマって大人気を博しました。
そんな武藤敬司さんは、プロレス以外でも俳優やタレント業、飲食店オーナーといった顔も持っていました。俳優としては、映画「光る女」で主演を務めています。プロレスラーが映画の主演を務めるのは、力道山以来のことだったそうですよ。
ナンパでもモテモテだった
アメリカで修業をしていたときは、よくナンパをしていたそうですよ。ナンパの相手は普段会場に来ているファンなので、成功率は100%だったとか。アタックに成功しながら、事が成就しなかったのは、たった2人だけだったそうですよ。WCW時代は団体の収録スタジオがあったアトランタ空港付近のホテルに滞在し、レスラー御用達の宿舎ということで、熱心なファンも住み着いていたそうです。
そこでは、アルバイトをしながら暮らしていた女性2人と仲良くなり、ストリッパーになった彼女たちのデビュー戦を見に行ったこともありました。なぜかその女性たちとは、男女の関係にならなかったそうですよ。
ほろ苦い思い出も
かなり遊び歩いていた武藤敬司さんですが、サーキット仲間だったケンドー・ナガサキさんと口説いた美女が、実は男性だったという苦い思い出も・・・中でも驚いたのは、〝失踪事件〟です。
ナンパした女性から「ウチまで車で20分だから行く?」と誘われ、ついていったところ、ベッドに子供が寝ていたとか。武藤敬司さんは衝動的に家を飛び出したのですが、なぜか鍵を閉められてしまいます。走って帰ることにした武藤敬司さんですが、滞在先のホテルが一向に見当たらなず・・・その距離なんと30キロ。途方に暮れながら歩き続け、明け方にレスラー仲間に発見されたそうですよ。結局その日は、一睡もしないまま試合に出場。遊んでいた代償は大きかったようです。このようにモテモテだった武藤啓二さんですが、結婚したらファンレターが激減したそうですよ。
武藤敬司の娘は美女と噂!
武藤敬司さんは、1992年にタレントの芦田久恵さんと結婚しています。芦田久恵さんは蝶野正洋さんの中学時代の同級生で、「新日本プロレス」の観戦に訪れたところ、武藤敬司さんが一目ぼれしたそうですよ。武藤敬司さんと蝶野正洋さんは同期入団の友人だったため、芦田久恵さんを紹介してもらい、交際に発展しました。
結婚後、1996年に長男・壮司朗さんが、2000年に長女・愛莉さんが誕生しています。長女の愛莉さんは、現在シンガーソングライターとして活動しているようですね。キリッとした美女と話題になっているみたいです!
長女はシンガーソングライター
長女の愛莉さんは、霧愛(むぅあ)名義で歌手活動をしており、現在はフリーとなっています。3歳の時からバレエを習いはじめ、小学生のときにタレント活動をスタート。ジュニアアイドルグループ「MAHARI GIRL’S」(マハリーガールズ)としても活動していました。親子仲は良好で、プロレスラーの娘に生まれてずっと、プロレスを身近に感じてきたと言います。生後3カ月には父のプロレスの仕事で、半年間アメリカのアトランタで生活。会場で「パパ~」と大声で叫んで、家族から怒られていたそうですよ。父が負けるたびに号泣する、一番のファンでした。
武藤敬司さんには「お前、普通に生きるのか」とよく言われて育ったとか。エンターテインメントの世界に生きる者として、「どうやったらファンを楽しませられるか。」を常に考えていたようです。その影響もあり、愛莉さんはシンガーソングライターとしての活動をスタート。父と形は違えど「武藤イズム」を継承したいと思っているそうですよ。
まとめ
今回は、武藤敬司さんの若い頃について、紹介しました。武藤敬司さんは若い頃、かなりのさわやかイケメンで、アイドルレスラーとして人気を集めていました。アメリカで修業中もナンパ三昧だったそうで、かなりモテモテだったようですね。結婚後は2人の子供にも恵まれ、長女の愛莉さんはシンガーソングライターとして活躍しています。
今後の活躍も応援していきたいと思います!










