「革命戦士」の異名で知られるプロレスラー、長州力さん。2019年に完全引退したあとも独特の存在感を放っていますが、長州力さんの奥さんはどんな方なのか気になった方も多いのではないでしょうか。娘さんの話題や若い頃の活躍、名言まで紹介します。
長州力の奥さんは誰?
結論から言うと、長州力さんの奥さんについて公表されている情報は、ほとんど見当たりません。結婚しているとされていますが、プロフィールとして紹介される場では家族に触れられていないというのが実際のところです。まずは公式に確かめられる範囲から見ていきましょう。
公式プロフィールに家族の記載なし
長州力さんの公式サイトに載っているプロフィールには、生年月日や身長、デビューからの歩みが細かく書かれています。ところが、家族に関する項目は一つもありません。ORICON NEWS のプロフィール欄も同じで、配偶者や家族についての記述は確認できませんでした。本人の公式サイトにも、外部のプロフィール欄にも記載が無いため、長州力さんの奥さんに関する情報は明かされていない状態が続いていると考えられます。レスラーとしての歩みは細かく残る一方、家庭の話題には本人が線を引いてきたようです。
家族の姿はYouTubeに
一方で、長州力さんは引退後もYouTubeでの発信を続けています。奥さんについて確かめられる情報は見当たりませんが、家族と過ごす様子が動画に映ることはあり、家庭の空気がまったく見えないわけではありません。
長州力の娘は美人?
家族の話題で大きな注目を集めたのが、娘さんの登場でした。長州力さんは自身のYouTubeチャンネルで家族のクリスマス会の様子を公開し、長女の有里さんが顔出しをしています。
本人の公式チャンネルには、ここでしか見られないプライベートな姿が満載だと紹介されています。話題になった様子も、こちらで実際に確かめられますよ。
視聴者から寄せられた声
動画が公開されると、長女の有里さんに注目が集まり、視聴者から「美人過ぎるわ」、「強くて優しい娘さん」など、容姿や人柄についての声が多かったようです。家族の話題がほとんど表に出てこなかっただけに、姿が見えたことへの反応は大きかったのではないでしょうか。
姉妹はほかにもいる?
娘さんについて確かめられていることは、それほど多くありません。名前が明らかになっているのは長女の有里さんだけで、ほかの姉妹にあたる方の情報は見当たらないままです。動画のなかで長州力さんは、娘たちは普通の姉妹ではないという趣旨の言葉を口にしたこともあるようで、姉妹がいることはうかがえますが、人数まではっきりしていません。顔出しだけでこれだけ話題になるのは、レスラーの家族ならではです。ちなみに、武藤敬司 娘さんが気になった方も、あわせてのぞいてみてくださいね。
長州力の若い頃の活躍
長州力さんは山口県徳山市、現在の周南市の出身で、専修大学でアマチュアレスリングに打ち込み、1972年のミュンヘンオリンピックに出場しました。新日本プロレスへの入団は1973年の暮れに伝えられたとも、1974年のこととも紹介されており、資料によって書かれ方が分かれています。
長州力のプロフィール
まずは基本的な情報を並べておきます。
- 本名:吉田光雄
- 生年月日:1951年12月3日
- 年齢:74歳(2026年7月時点)
- 出身地:山口県徳山市(現・周南市)
- 身長:184cm
- 体重:120kg
- デビュー:1974年8月8日
- 完全引退:2019年6月26日
「革命戦士」という呼び名は、本人の公式YouTubeチャンネルの説明文にも使われています。リングネームも本名の吉田光雄から長州力へと改められており、この名前はファン公募で決まったと公式サイトは伝えています。
デビュー戦はサソリ固め
プロとしての第一歩は1974年8月8日、東京の日大講堂で、相手はエル・グレコ。長州力さんはサソリ固めで勝利しています。週刊プロレスは、この技を当時の新兵器として紹介しました。デビュー時は22歳。オリンピックの舞台を経て、プロのリングに立ちました。
藤波辰巳との抗争と維新軍
名前を大きく広げたのが、藤波辰巳さんとの抗争でした。公式サイトでは1982年の出来事として、この一連の闘いが「名勝負数え歌」と呼ばれ、大きなプロレスブームを巻き起こしたと伝えています。この時期には「維新軍」という軍団にも関わっています。
2度の引退と長いキャリア
1984年に新日本プロレスを退団し、1987年に復帰。1998年1月4日には46歳で一度目の引退を迎えています。その後ふたたびリングへ戻り、2003年3月にはWJプロレスを旗揚げしました。そして2019年6月26日、67歳で完全に引退しています。デビューからの現役生活は、44年にも及んでいます。
長州力の名言
長州力さんといえば、独特の言い回しを思い浮かべる方も多いですよね。「キレてないですよ」については、発言された時期や場所にはっきりした記録が見当たりません。ここでは、出どころをたどれる言葉のほうを紹介していきます。
リング上で生まれた言葉
1999年1月4日の東京ドームでは、のちに「1.4事変」と呼ばれる場面で、小川直也さんに「それがお前のやり方か」と詰め寄ったとされています。大仁田厚さんへ向けた「またぐなよ」などが有名ですよね。
WJ旗揚げからの言葉
新団体を立ち上げた時期にも、印象に残る言葉が残っています。2003年3月のWJプロレス旗揚げでは「プロレス界のど真ん中をいく」を掲げたとされ、2004年10月9日の両国国技館では、永田裕志さんに「天下を取り損ねた男」と言葉を投げたと紹介されています。
バラエティで生まれた言葉
テレビ番組から広まった言葉もあります。「食ってみな 飛ぶぞ」は、2018年5月27日に放送された『相席食堂』のロケで出た発言とされています。北海道の猿払村を訪れ、天然ソフト貝柱を口にした場面での言葉で、リング上とはまったく違う空気のなかから生まれています。
まとめ
今回は、長州力さんの家族と歩みをたどってきました。長州力さんの奥さんについて公表された情報は見当たらない一方、娘さんは公式YouTubeに登場し、視聴者から綺麗という声も寄せられています。若い頃の活躍や名言も気になった方は、公式チャンネルの動画ものぞいてみてくださいね。
